ジフテリア菌Corynebacterium diphtheriae


形態,性状

ジフテリア菌Corynebacterium diphtheriaeはジフテリアの原因菌です.ジフテリア菌はグラム陽性の桿菌で松葉状,柵状,Y,V,W字状の特徴ある配列をとり,一端または両端にこん棒上に膨らんでいるものもあります.
菱川倍地上のC. diphtheriae
(田中美智男氏提供)

病原性,症状

ジフテリアは主に子供の病気で,飛沫感染で感受性のあるひとの咽に感染し,咽頭痛を起こします.表皮粘膜に定着し分裂増殖し近辺の組織を壊死させます.粘膜に炎症反応をおこすと粘膜表面に灰色の滲出物を蓄積してフィブリンや白血球からなる偽膜(カサブタ)が形成されます.
 ジフテリア菌は普通,扁桃腺,咽頭,喉頭に感染し,そこから鼻腔や気管に広がります.菌は定着部位でのみ増殖し線維素性炎症を起こし局所障害を与えます.2-6日の潜伏期ののちによる発熱,咽頭痛,鼻出血などの症状を起こし,咽頭炎,特に扁桃に偽膜性炎症,壊死を起こし,時には呼吸ができなくなり,気管切開を必要とする場合も有ります.
 また,感染局所で産生されたジフテリア毒素は循環に乗り心筋細胞に作用し冠不全,心筋障害起を起こします。また,副腎に作用して血圧低下を招くこともあります。これらの心筋症をにより死亡する確率が非常に高い疾病です.ジフテリアでは病状が回復するように見えても,第3病週以後に抹消神経炎を起こし,軟口蓋,四肢,眼球,横隔膜,心筋などに運動麻痺を起こすと大変危険です.
また,中毒症のため,後麻痺などの合併症をおこす場合があります.このほかにまれに耳,結膜,陰門,皮膚にも感染します.軽症で硬結を伴い潰瘍を形成する皮膚ジフテリアは血中へのジフテリア毒素の吸収が少ないので全身症状はほとんどありません.

ジフテリア毒素の作用機序

ジフテリア毒素はジフテリア菌が産生する分子量58kDaの易熱性タンパク毒素です. ジフテリア毒素はトリプシン処理によってジスルフィド結合(S-S)結合によって架橋した21kDaのフラグメントAと27kDaのフラグメントBに分かれます. フラグメントAは毒性を発揮するための酵素活性の役割をもち,フラグメントBは細胞への吸着・侵入に関与している. すなわち,フラグメントBはRドメインとTドメインからなり,Rドメインはレセプタへの結合能を持ち,Tドメインは膜貫通能を持ちます.フラグメントAはRドメインによってレセプタに結合し,Tドメインによって脂質二重膜の通過を促進されます.

ジフテリア毒素が細胞に作用する場合,タンパク分解酵素によって毒素に切れ目が入り活性化します. まずフラグメントB部分が感受性細胞のレセプタに結合しエンドサトーシスによって細胞小胞体にとりこまれます.

小胞体はリシゾームと融合し,2次リソゾームとなります.この結果,小胞内は酸性となり,この低pH条件下で構造変化がおこり,これまで分子内に折りたたまれていたTドメイン分子が表面に出てきてフラグメントAのエンドソームから細胞質への膜通過が促進されます. 取り込まれたフラグメントAは活性型毒素がNADを基質として,NADのADPリボシル基をEF-2(ペプチド鎖伸長因子2)を結合させます(ADPリボシル化,ADPリボシルトランスフェラーゼ活性).ADP-リボシル化されたEF2はGTPを結合できるが分解できなくなる.これによってEF-2の酵素活性が消失し,リボソーム上で移動することが出来なくなり,宿主細胞のタンパク合成を阻害し,結果として細胞致死作用がおこります.つまりリボソーム上でのポリペプチド鎖ができるときに,ペプチジルtRNAがAサイトからPサイトに転座するのに働く伸長因子が,ジフテリア毒素によってアデノシンジリン酸リボース部と結合し失活するためにタンパク合成の停止が認められる.このようにタンパク合成阻害がおこるため多くの臓器で細胞変性や壊死に陥ります.

ジフテリア毒素は毒素遺伝子を持った特定のファージがプロファージの形で菌の染色体に組み込んで溶原化した毒素原性ジフテリア菌株によって産生されます.プロファージが抜けたジフテリア菌は毒素を産生しません.

詩人も砂漠の狐もジフテリアに泣いた

歌集「一握の砂」「悲しき玩具」で有名な明治末期の浪漫派の代表的な歌人、詩人である石川啄木(1886-1912)は岩手県渋民村の出身ですが,幼少時代に初恋の少女をジフテリア(当時,「喉っパレ」とよばれていました)で亡くし,そのことがトラウマとなり,彼の作品に影響しているというひともいます.
しかしジフテリア菌は子供ばかりでなく大人にも感染します.第二次大戦中,北アフリカで,英国のモンゴメリー将軍,アメリカのパットン将軍と戦車戦を戦い,「砂漠のキツネ」と恐れらたドイツ陸軍機甲師団のカリスマ的司令官ロンメル元帥(Erwin Rommel,1891-1944)は鼻腔ジフテリアに悩んでいたといわれ,しばしば治療のために戦線を離れ,その為に戦況を悪化させたといわれています.彼はナチス党員でしたが,ヒットラーの暗殺事件の容疑のために処刑されています.
アメリカ建国の父であり第1代大統領であるジョージ・ワシントンも喉が腫れ上がって呼吸困難として死亡したことからジフテリアで死去したと言われている。

治療・予防

ジフテリアでは感染の広がりを防ぐ意味で患者の隔離が大切です.ジフテリアの症状で急性期の炎症症状以外はすべてジフテリア毒素によるものと考えられます.これを防ぐには抗毒素血清による治療が必要ですが,ジフテリア毒素が心筋や神経組織などの親和性細胞と不可逆的に結合する前に抗毒素を筋肉内,静脈内に注射投与する必要があります.また同時に菌の増殖を防ぐためにエリスロマイシン,ペニシリンなどの投与が有効とされています.
また予防にはホルマリンにより毒素を無毒化したジフテリア・トキソイドが有効で,百日ワクチン,破傷風トキソイドと合わせた3種混合ワクチン(DTP)が広く予防ワクチンとしてもちられています.